2012年09月19日
第5回 「本」だけではない電子書籍活用アイデア
2010年以降、毎年のように「今年は電子書籍元年」と騒がれてきましたが、2012年もまた楽天のKoboによる国内の電子書籍サービスへの参入やYahoo!ブックストアやソニー「リーダー」のEPUB 3対応など大手サービスの動きがあり、国内の電子出版周辺ビジネスの熱は高まっているように思われます。
EPUBのような電子出版の規格や、電子書籍制作の環境、電子書籍端末といった電子書籍に関わるツールの普及の影響は、商業出版物に限ったものではありません。紙メディアの出版物としては流通が難しい小規模の個人出版物や、印刷物としてのメディアの枠には入らなかったデジタルコンテンツなど、いわゆる「本」以外の情報の配信と共有の手段にも影響しています。
メールマガジン
「夜間飛行」やインプレスの「MAGon」など、EPUBファイルを添付あるいはダウンロードさせるかたちでコンテンツ配信を始めるメールマガジンサービスが見られるようになりました。
出版物の販売額のうち、近年落ち込み幅の大きい分野がコンビニやキオスクなどでの雑誌販売です。コンビニで雑誌を購入する主な動機は、時間をつぶすこと。しかし、読者のネットや携帯電話の利用時間が増えたことが、販売減少の競合的な一因になっていると言われています。
短いコラムなどの雑誌的なコンテンツを、これまで競合的な存在だったネットと携帯電話をターゲットとしたメールマガジンで再生できるかどうか、メールマガジンの試みの行く先は非常に興味深いものがあります。
メルマガのような定期刊行物としてのコンテンツ販売は、利益を確保し難い小額のコンテンツ販売が成功し得る貴重なモデルのように思われます。リーディングシステムやレイアウトなどスマートフォンへの最適化が必要ですが、今後多くのコンテンツ配信事業が定期購読(サブスクリプション)モデルを採用していくことが予想されます。
Podcast
Podcastと言えば通常ラジオのようなオーディオのコンテンツの配信を思い浮かべますが、iTunesでは音声ファイルや動画ファイルの他にPDFとEPUBのドキュメントフォーマットをサポートしているため、雑誌のようなコンテンツを定期的に配信する手段としてPodcastを利用することができます。iTunesに登録したEPUBのPodcastは、iPhoneではiBooksに同期され読む事ができます。
iOSでは定期購読のプラットフォームにNewsstand機能があり、Podcastはレガシーな技術と見られる傾向もあるようです。しかし、アップルがiTunes Uのような教育用コンテンツ配信にPodcastを利用しているように、多様な環境に対応したコンテンツを比較的安価に配信する手段としてPodcastの価値は高く、また個人が作れるメディアをiTunesに番組としてアップできるという効果も大きいと思います。
カタログの電子書籍化
これまでもWebサイトからPDFで配布されていたカタログがあったように、カタログやパンフレットの電子化は今に始まったことではありません。
余剰の出ることが前提のような印刷物のカタログやパンフレットですが、デジタル化することにより、無駄な印刷物をある程度減らす効果が期待できます。これまでのカタログ電子化の目的としては、電子化して届けられる相手には電子化したコンテンツを配布し、印刷とダイレクトメールなどに掛かるコストを下げることが目的だったのではないかと思います。
タブレット端末やパソコンに対応した電子書籍リーダーが普及し、複雑なレイアウトやスクリプトを電子書籍で実現できるようになると、導線やインタラクションが緻密にデザインされたカタログが電子書籍で実現できることになります。
電子書籍化したカタログがこれから目指すのは、機能性をもった電子カタログです。機能性をもったカタログでは、コンテンツと読者がインタラクションし読者に能動的にカタログ中のコンテンツを探求してもらい、必要があればインターネットにアクセスしゴールとしてWebサイトでネットショッピングやリアルタイムな情報を利用してもらいます。
読者と会話し、読者にあわせて表示内容をレイアウトするような機能的なカタログが、電子書籍の普及により現実的にイメージできるようになるのではないかと思います。
電子書籍活用の課題
1)配信サービスのコミュニケーション機能
メルマガにしても電子カタログにしても、コンテンツをどのように届けて読んでもらうかはサービス運営上、常に重要なテーマになります。読者にメールアドレスなどを登録してもらうこと自体それなりのコストがかかり、そこをゴールと思ってしまいがちですが、ただ更新情報をプッシュするだけの配信サービスでは携帯に届く膨大な情報に埋もれてしまうことを考慮する必要があります。コンテンツ配信サービスでは、コンテンツを継続して読む動機がサービスの基本的な価値としてデザインされている必要があります。インターネットをメディアとしてコンテンツ配信サービスを運営する以上、コンテンツにも何らかのコミュニケーション的な目的と機能が備わっている必要があるのではないかと思います。
2)スマートフォン対応
紙メディアの置き換えからスタートせざるを得ない電子出版物は、判型の大きく変わらない(それでもそのままでは最適なレイアウトとは言えないのですが)タブレットでの利用が読者にとって読みやすいのではないかと思います。最近、7インチタブレットの「Nexus 7」を使っているのですが、大きさ・重さ・見やすさなど、ハードウェア的にはほぼベストな読書環境なのではないかと感じています。
ただし電子書籍化したコンテンツが普及するためには、タブレットで読みやすいコンテンツから、より利用者の多いスマートフォンでの読みやすさへの最適化を進める必要があります。タブレットに比べると、スマートフォンは表示できる文字数も少なく、画像も小さく、既存のコンテンツを利用するにしても、あまり読みやすい環境ではありません。スマートフォンに最適化したコンテンツは、印刷物の単純なデジタル化にとどまらない、携帯小説のような新しいジャンルのコンテンツになるかもしれません。
参考
◆夜間飛行
→ http://yakan-hiko.com/index.php
◆インプレス MAGon
→ http://magon.impress.co.jp
◆アップル - Podcastを制作する
→ http://www.apple.com/jp/itunes/podcasts/specs.html
◆週刊イーブック・ストラテジー
→ http://itunes.apple.com/jp/podcast/zhou-kanibukku-sutorateji/id407475766
◆OnDeck
→ http://itunes.apple.com/jp/podcast/ondeck-dian-zi-chu-banbijinesuno/id426359619
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◆このコラムのほかの回を読む
第1回 本の価値から電子書籍を想像する
第2回 理解をナビゲーションする電子書籍デザイン
第3回 電子書籍と読書体験のクラウド化
第4回 EPUB 3
第5回「本」だけではない電子書籍活用アイデア
第6回 ブログから電子書籍を作るには(1)
第7回 ブログから電子書籍を作るには(2) (最終回)
EPUBのような電子出版の規格や、電子書籍制作の環境、電子書籍端末といった電子書籍に関わるツールの普及の影響は、商業出版物に限ったものではありません。紙メディアの出版物としては流通が難しい小規模の個人出版物や、印刷物としてのメディアの枠には入らなかったデジタルコンテンツなど、いわゆる「本」以外の情報の配信と共有の手段にも影響しています。
メールマガジン
「夜間飛行」やインプレスの「MAGon」など、EPUBファイルを添付あるいはダウンロードさせるかたちでコンテンツ配信を始めるメールマガジンサービスが見られるようになりました。
出版物の販売額のうち、近年落ち込み幅の大きい分野がコンビニやキオスクなどでの雑誌販売です。コンビニで雑誌を購入する主な動機は、時間をつぶすこと。しかし、読者のネットや携帯電話の利用時間が増えたことが、販売減少の競合的な一因になっていると言われています。
短いコラムなどの雑誌的なコンテンツを、これまで競合的な存在だったネットと携帯電話をターゲットとしたメールマガジンで再生できるかどうか、メールマガジンの試みの行く先は非常に興味深いものがあります。
メルマガのような定期刊行物としてのコンテンツ販売は、利益を確保し難い小額のコンテンツ販売が成功し得る貴重なモデルのように思われます。リーディングシステムやレイアウトなどスマートフォンへの最適化が必要ですが、今後多くのコンテンツ配信事業が定期購読(サブスクリプション)モデルを採用していくことが予想されます。
Podcast
Podcastと言えば通常ラジオのようなオーディオのコンテンツの配信を思い浮かべますが、iTunesでは音声ファイルや動画ファイルの他にPDFとEPUBのドキュメントフォーマットをサポートしているため、雑誌のようなコンテンツを定期的に配信する手段としてPodcastを利用することができます。iTunesに登録したEPUBのPodcastは、iPhoneではiBooksに同期され読む事ができます。
iOSでは定期購読のプラットフォームにNewsstand機能があり、Podcastはレガシーな技術と見られる傾向もあるようです。しかし、アップルがiTunes Uのような教育用コンテンツ配信にPodcastを利用しているように、多様な環境に対応したコンテンツを比較的安価に配信する手段としてPodcastの価値は高く、また個人が作れるメディアをiTunesに番組としてアップできるという効果も大きいと思います。
カタログの電子書籍化
これまでもWebサイトからPDFで配布されていたカタログがあったように、カタログやパンフレットの電子化は今に始まったことではありません。
余剰の出ることが前提のような印刷物のカタログやパンフレットですが、デジタル化することにより、無駄な印刷物をある程度減らす効果が期待できます。これまでのカタログ電子化の目的としては、電子化して届けられる相手には電子化したコンテンツを配布し、印刷とダイレクトメールなどに掛かるコストを下げることが目的だったのではないかと思います。
タブレット端末やパソコンに対応した電子書籍リーダーが普及し、複雑なレイアウトやスクリプトを電子書籍で実現できるようになると、導線やインタラクションが緻密にデザインされたカタログが電子書籍で実現できることになります。
電子書籍化したカタログがこれから目指すのは、機能性をもった電子カタログです。機能性をもったカタログでは、コンテンツと読者がインタラクションし読者に能動的にカタログ中のコンテンツを探求してもらい、必要があればインターネットにアクセスしゴールとしてWebサイトでネットショッピングやリアルタイムな情報を利用してもらいます。
読者と会話し、読者にあわせて表示内容をレイアウトするような機能的なカタログが、電子書籍の普及により現実的にイメージできるようになるのではないかと思います。
電子書籍活用の課題
1)配信サービスのコミュニケーション機能
メルマガにしても電子カタログにしても、コンテンツをどのように届けて読んでもらうかはサービス運営上、常に重要なテーマになります。読者にメールアドレスなどを登録してもらうこと自体それなりのコストがかかり、そこをゴールと思ってしまいがちですが、ただ更新情報をプッシュするだけの配信サービスでは携帯に届く膨大な情報に埋もれてしまうことを考慮する必要があります。コンテンツ配信サービスでは、コンテンツを継続して読む動機がサービスの基本的な価値としてデザインされている必要があります。インターネットをメディアとしてコンテンツ配信サービスを運営する以上、コンテンツにも何らかのコミュニケーション的な目的と機能が備わっている必要があるのではないかと思います。
2)スマートフォン対応
紙メディアの置き換えからスタートせざるを得ない電子出版物は、判型の大きく変わらない(それでもそのままでは最適なレイアウトとは言えないのですが)タブレットでの利用が読者にとって読みやすいのではないかと思います。最近、7インチタブレットの「Nexus 7」を使っているのですが、大きさ・重さ・見やすさなど、ハードウェア的にはほぼベストな読書環境なのではないかと感じています。
ただし電子書籍化したコンテンツが普及するためには、タブレットで読みやすいコンテンツから、より利用者の多いスマートフォンでの読みやすさへの最適化を進める必要があります。タブレットに比べると、スマートフォンは表示できる文字数も少なく、画像も小さく、既存のコンテンツを利用するにしても、あまり読みやすい環境ではありません。スマートフォンに最適化したコンテンツは、印刷物の単純なデジタル化にとどまらない、携帯小説のような新しいジャンルのコンテンツになるかもしれません。
参考
◆夜間飛行
→ http://yakan-hiko.com/index.php
◆インプレス MAGon
→ http://magon.impress.co.jp
◆アップル - Podcastを制作する
→ http://www.apple.com/jp/itunes/podcasts/specs.html
◆週刊イーブック・ストラテジー
→ http://itunes.apple.com/jp/podcast/zhou-kanibukku-sutorateji/id407475766
◆OnDeck
→ http://itunes.apple.com/jp/podcast/ondeck-dian-zi-chu-banbijinesuno/id426359619
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◆このコラムのほかの回を読む
第1回 本の価値から電子書籍を想像する
第2回 理解をナビゲーションする電子書籍デザイン
第3回 電子書籍と読書体験のクラウド化
第4回 EPUB 3
第5回「本」だけではない電子書籍活用アイデア
第6回 ブログから電子書籍を作るには(1)
第7回 ブログから電子書籍を作るには(2) (最終回)
Posted by eしずおかコラム at 12:00
2012年09月05日
第4回 EPUB 3
EPUBって何?
昨年10月、今後の電子出版にとって非常に大きな発表がありました。
電子出版フォーマットEPUB(イーパブ) 3の勧告(Recommended Specification)が発表され、これによりEPUBの最新バージョンの仕様が確定しました。
EPUBの仕様を策定した標準化団体であるIDPF(International Degital Publishing Forum)によると、EPUB は「Web標準をベースにした電子出版とドキュメントの配布と交換のための標準フォーマット」と説明されています。
EPUB 3の実体は、XHTML5や画像などのコンテンツ文書と構成ファイルやページの順番を記述したメタデータのパッケージ文書をEPUBコンテナにパッケージしたものです。簡単に言ってしまうと、EPUBはHTMLで記述されたWebコンテンツをメタデータとともにzip圧縮したアーカイブということになります。そのパッケージを、電子書籍の読書環境であるリーディングシステムが、ページめくりなどの独自のインターフェースを持たせながら一冊の書籍として描画することになります。Appleや楽天は自社のリーディングシステムであるiBooksやKoboでEPUBフォーマットに対応しています。
グローバルな言語への対応
これまでのバージョンに比べEPUB 3は何が新しくなったのでしょうか。
EPUB 3が今回最大に進化したと言えるのが、グローバルな言語への対応でしょう。EPUB 2の時代からすでに、米国やアジアの一部地域で利用されてきたEPUBは、今回多くの言語に対応したことにより、グローバルな電子書籍フォーマットになりました。これまでEPUBは欧米左開きの文章しか表示できませんでしたが、EPUB 3ではグローバルな仕様としてより多くの文化の文書を表現できるようになりました。その結果、縦書きやルビ、圏点(傍点)などの日本国内の電子出版に欠かせない日本語組版にも対応するようになりました。
EPUBは書籍を販売する際も、EPUB書籍を閲覧するためのリーダーを開発する際も利用料などを必要としません。無料で利用できるEPUBは日本を含めて、より多くの地域と文化で誰でも使える電子書籍のフォーマットとして普及していくのではないかと思われます。
HTML5をベースにした表現力の拡張
EPUBはHTML形式のフォーマットですが、EPUB 3ではXHTML5を採用しさらに多くのWebの機能がサポートされました。
・Javascript
EPUB 2では使用すべきでないものとされていたJavascriptですが、EPUB 3からドキュメントに含めてもよいことになりました。ただし、EPUB 3用のリーディーングシステムは必ずしもスクリプトをサポートする必要はなく、異なる読書環境で同じようにスクリプトが動作するかは保証されません。
・ビデオ・オーディオ
MP3などのオーディオやビデオの再生がサポートされました。ビデオに関してはコーデックの規定がありませんが、これから多くのEPUB 3対応のリーディングシステムがWebkitをベースに開発されると予想されるため、Webkitで主流のビデオコーデックであるH.264がEPUB 3のデファクトスタンダード的コーデックになるのではないかと思います。
またオーディオについては、テキストと同期した音声の再生が「メディアオーバーレイ」として単独の仕様として策定されています。
・フォント埋め込み
WOFFとOpen Typeの埋め込みがサポートされました。ただし日本語フォントについては、権利的に埋め込みが許可されているフォントの種類はあまり多くはありません。
・固定レイアウト
EPUBはリフロードキュメントの表示が基本ですが、今年に入り異なる環境でも同じレイアウトが表示される「固定レイアウト仕様」が追加モジュールとして策定されました。
このように、EPUB 3ではHTML5をはじめ多くのWebの標準規格が採用されています。オープンフォーマットでWeb規格を仕様に採用したことから、WebkitなどのHTMLレンダリングエンジンをベースにしEPUB 3に対応した多様な電子書籍リーダーが、スマートフォンやデスクトップPCなど様々な環境で登場することが今後期待されます。
また、EPUB 3がWebの標準規格を取り入れることで、ポテンシャルとして持つ表現力はほぼブラウザーの表現力に等しくなりました。EPUBコンテンツの制作にはWeb制作の経験やノウハウを活かすことができるため、インタラクションを伴った、新しい電子書籍の雑誌やコミックなど、「本」の表現の枠組を広げる電子出版のコンテンツがWebのクリエイター達によって生み出されていくかもしれません。
EPUB 3の普及で変わるもの
日本語に対応したEPUB 3の普及によって大きな恩恵を受けるのではないかと考えられる分野のひとつが、同人誌や個人出版のようなインディペンデントな出版物です。
EPUB 3が普及することで、特定プラットフォームに依存することのない電子出版のプロセスが確立します。iBooksをはじめ、EPUBに対応したリーディングシステムは既にいくつもあり、これからEPUBに対応した多様な読書環境がさらに増えていくはずです。インターネットに自分たちの制作したコンテンツを公開し、読者に伝える仕組みを持つことができれば、既存の配信プラットフォームを介さずに、自分たちのメディアから電子書籍を読者に届けることが可能になります。
電子書籍の配信プロセスが今よりオープンな仕組みに変わっていくことで、さらに大きな意味でのコンテンツ配信のプレーヤーやルールが変わっていく可能性もあるかもしれません。
参考
◆EPUB | IDPF
→ http://idpf.org/epub
◆いいパブッ!!はじめてのEPUB 3
→ http://www.slideshare.net/lost_and_found/epub-3
◆『EPUB 3 電子書籍制作の教科書』(林拓也 著)
→ http://www.amazon.co.jp/EPUB-3-電子書籍制作の教科書-林-拓也/dp/4774152420
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◆このコラムのほかの回を読む
第1回 本の価値から電子書籍を想像する
第2回 理解をナビゲーションする電子書籍デザイン
第3回 電子書籍と読書体験のクラウド化
第4回 EPUB 3
第5回「本」だけではない電子書籍活用アイデア
第6回 ブログから電子書籍を作るには(1)
第7回 ブログから電子書籍を作るには(2) (最終回)
昨年10月、今後の電子出版にとって非常に大きな発表がありました。
電子出版フォーマットEPUB(イーパブ) 3の勧告(Recommended Specification)が発表され、これによりEPUBの最新バージョンの仕様が確定しました。
EPUBの仕様を策定した標準化団体であるIDPF(International Degital Publishing Forum)によると、EPUB は「Web標準をベースにした電子出版とドキュメントの配布と交換のための標準フォーマット」と説明されています。
EPUB 3の実体は、XHTML5や画像などのコンテンツ文書と構成ファイルやページの順番を記述したメタデータのパッケージ文書をEPUBコンテナにパッケージしたものです。簡単に言ってしまうと、EPUBはHTMLで記述されたWebコンテンツをメタデータとともにzip圧縮したアーカイブということになります。そのパッケージを、電子書籍の読書環境であるリーディングシステムが、ページめくりなどの独自のインターフェースを持たせながら一冊の書籍として描画することになります。Appleや楽天は自社のリーディングシステムであるiBooksやKoboでEPUBフォーマットに対応しています。
グローバルな言語への対応
これまでのバージョンに比べEPUB 3は何が新しくなったのでしょうか。
EPUB 3が今回最大に進化したと言えるのが、グローバルな言語への対応でしょう。EPUB 2の時代からすでに、米国やアジアの一部地域で利用されてきたEPUBは、今回多くの言語に対応したことにより、グローバルな電子書籍フォーマットになりました。これまでEPUBは欧米左開きの文章しか表示できませんでしたが、EPUB 3ではグローバルな仕様としてより多くの文化の文書を表現できるようになりました。その結果、縦書きやルビ、圏点(傍点)などの日本国内の電子出版に欠かせない日本語組版にも対応するようになりました。
EPUBは書籍を販売する際も、EPUB書籍を閲覧するためのリーダーを開発する際も利用料などを必要としません。無料で利用できるEPUBは日本を含めて、より多くの地域と文化で誰でも使える電子書籍のフォーマットとして普及していくのではないかと思われます。
HTML5をベースにした表現力の拡張
EPUBはHTML形式のフォーマットですが、EPUB 3ではXHTML5を採用しさらに多くのWebの機能がサポートされました。
・Javascript
EPUB 2では使用すべきでないものとされていたJavascriptですが、EPUB 3からドキュメントに含めてもよいことになりました。ただし、EPUB 3用のリーディーングシステムは必ずしもスクリプトをサポートする必要はなく、異なる読書環境で同じようにスクリプトが動作するかは保証されません。
・ビデオ・オーディオ
MP3などのオーディオやビデオの再生がサポートされました。ビデオに関してはコーデックの規定がありませんが、これから多くのEPUB 3対応のリーディングシステムがWebkitをベースに開発されると予想されるため、Webkitで主流のビデオコーデックであるH.264がEPUB 3のデファクトスタンダード的コーデックになるのではないかと思います。
またオーディオについては、テキストと同期した音声の再生が「メディアオーバーレイ」として単独の仕様として策定されています。
・フォント埋め込み
WOFFとOpen Typeの埋め込みがサポートされました。ただし日本語フォントについては、権利的に埋め込みが許可されているフォントの種類はあまり多くはありません。
・固定レイアウト
EPUBはリフロードキュメントの表示が基本ですが、今年に入り異なる環境でも同じレイアウトが表示される「固定レイアウト仕様」が追加モジュールとして策定されました。
このように、EPUB 3ではHTML5をはじめ多くのWebの標準規格が採用されています。オープンフォーマットでWeb規格を仕様に採用したことから、WebkitなどのHTMLレンダリングエンジンをベースにしEPUB 3に対応した多様な電子書籍リーダーが、スマートフォンやデスクトップPCなど様々な環境で登場することが今後期待されます。
また、EPUB 3がWebの標準規格を取り入れることで、ポテンシャルとして持つ表現力はほぼブラウザーの表現力に等しくなりました。EPUBコンテンツの制作にはWeb制作の経験やノウハウを活かすことができるため、インタラクションを伴った、新しい電子書籍の雑誌やコミックなど、「本」の表現の枠組を広げる電子出版のコンテンツがWebのクリエイター達によって生み出されていくかもしれません。
EPUB 3の普及で変わるもの
日本語に対応したEPUB 3の普及によって大きな恩恵を受けるのではないかと考えられる分野のひとつが、同人誌や個人出版のようなインディペンデントな出版物です。
EPUB 3が普及することで、特定プラットフォームに依存することのない電子出版のプロセスが確立します。iBooksをはじめ、EPUBに対応したリーディングシステムは既にいくつもあり、これからEPUBに対応した多様な読書環境がさらに増えていくはずです。インターネットに自分たちの制作したコンテンツを公開し、読者に伝える仕組みを持つことができれば、既存の配信プラットフォームを介さずに、自分たちのメディアから電子書籍を読者に届けることが可能になります。
電子書籍の配信プロセスが今よりオープンな仕組みに変わっていくことで、さらに大きな意味でのコンテンツ配信のプレーヤーやルールが変わっていく可能性もあるかもしれません。
参考
◆EPUB | IDPF
→ http://idpf.org/epub
◆いいパブッ!!はじめてのEPUB 3
→ http://www.slideshare.net/lost_and_found/epub-3
◆『EPUB 3 電子書籍制作の教科書』(林拓也 著)
→ http://www.amazon.co.jp/EPUB-3-電子書籍制作の教科書-林-拓也/dp/4774152420
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◆このコラムのほかの回を読む
第1回 本の価値から電子書籍を想像する
第2回 理解をナビゲーションする電子書籍デザイン
第3回 電子書籍と読書体験のクラウド化
第4回 EPUB 3
第5回「本」だけではない電子書籍活用アイデア
第6回 ブログから電子書籍を作るには(1)
第7回 ブログから電子書籍を作るには(2) (最終回)
Posted by eしずおかコラム at 12:00